たひお備忘録

惑い迷える40代の、食べ歩き、競馬の旅打ち、城巡りなんかの記録。
【タイトル題字:細身のシャイボーイ様】

特急おはようとちぎ・ホームタウンとちぎ号の記憶

 平成22年(2010年)12月4日のJR東日本ダイヤ改正を以て、これまで東北本線の新宿-黒磯間を走っていた特急「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」が廃止となりました。


 個人的にはこの列車、さすがに快速「しもつけ」「ゆのか」の頃や、準急時代の事は知らないのですが、165系、そして457系といった国鉄の急行形電車を使用し、上野-黒磯間を結んでいた急行「なすの」の頃からはとても馴染み深い列車でした。

 生後程なくして宇都宮に引っ越したものの、その後4歳頃からは生まれ故郷のである、宇都宮駅からちょっと北に行った某町に自宅が有り、その最寄り駅に停車する唯一の優等列車だったのが、急行なすの。それも確か、私が小学生になるかならないかの頃に停車駅となったのですが、しかも全列車が停まるわけでは無く、ごく一部の列車だった(記憶にあるのは、上りのなすの4号。)だったかと。なので、家族と東京に行く際は、上野まで乗り換えが無いこの列車を利用することが多かった気がします。(特に、鉄道に弱い母親と行く時は、グリーン車に乗れたのが嬉しかった。)

 そんな中、私が中学生だった昭和57年(1982年)6月、東北新幹線が大宮駅始発で開業。更に11月には上越新幹線も大宮始発で開業し、その際のダイヤ改正で東北本線を走る長距離急行が削減された替わりに黒磯までのなすのの本数が増えることとなったのですが、私が高校生だった昭和60年(1985年)3月、東北新幹線の上野開業に伴って大きな変化が。これまで、急行列車として運転されてきたなすのですが、この時のダイヤ改正を機に、「新特急」と呼称する特急列車に格上げされ、使用車両も、それまで上野-大宮間で新幹線リレー号として使用されていた185系特急形電車となりました。

 ただ、実質料金値上げとなった新特急の利用は伸び悩んだらしく、昭和63年(1988年)3月、9往復のうち4往復が3扉の近郊形電車を使用した快速ラビットへと格下げに。で、個人的にはこの頃、学校の関係で大阪へと引っ越し、1年後に栃木に帰ってきたものの、その後すぐに自動車普通免許を取ったので、これまで趣味にしていた乗り鉄から遠ざかり、新たに趣味となったクルマにばかり乗っていました。

 と、話が逸れてしまいましたが、この快速ラビットが好評(特別料金不要で所要時間は新特急なすの号と大差なかった。)で、その後どんどん増発されたのに対して、新特急なすのは平成2年(1990年)3月からは朝の上りが1本、夕方の下りが1本という1往復となり、運転区間は新宿-黒磯間に変更。ただその後の平成4年(1992年)3月、宇都宮始発の上り列車1本を増発し、1.5往復となりました。

 で、長らく「なすの」として親しまれてきたこの列車ですが。平成7年(1995年)12月から、東北新幹線の各駅停車タイプ(「あおば」)のうち、東京-那須塩原間の列車を「なすの」とすることになり、この時から当列車の愛称が、新特急「おはようとちぎ」(上り列車)、新特急「ホームタウンとちぎ」(下り列車)と変更に。また一時期、上り列車のうち週末の1本を、横須賀線の鎌倉駅まで延長運転していたこともありました。ちなみにこの数年前、現在も勤めている職場に転職。当時は年に1、2回くらいですが東京に出張する機会が出来たため、この列車を利用することもありました。さらにその後、乗り鉄趣味が復活したり、新たにパソコンが趣味となってその関係で東京まで行くことが増えたりしたため、この列車に乗る機会も増加。1300円の特急料金はかかりましたが、それほど混まずに確実に座れる(しかも2人掛けのリクライニングシート。ただし足元は狭いですが。)ことから、また乗車時間も適度(新幹線は速くて良いけど高いし、乗ってる時間が短くなるので勿体ない!)なことから、折を見ては利用するように。何ていうか、この、愛すべき中途半端さが、個人的に大好きになったんですよね。

 ですが平成13年(2001年)12月。東北本線(JR宇都宮線)から新宿を経由して横須賀線へと直通運転する「湘南新宿ライン」が運行を開始。ちなみにこの頃、個人的に某町を出て更に北の某市へと引っ越し。所帯を持つことになりました。と、また話が逸れましたが、この湘南新宿ライン増発は好評となり、平成16年(2004年)10月には大増発。これまで、昼間の時間帯に、上野発着の快速ラビットとして運転されていた列車が、湘南新宿ラインの快速列車となり、この頃からグリーン車も連結されるように。更にその後も、ダイヤ改正の度に増発されました。

 一方、ホームタウンとちぎ・おはようとちぎは、平成14年(2002年)12月に新特急という呼称が廃止されたのを機に、特急おはようとちぎ・ホームタウンとちぎへと名称変更していたのですが、前述の湘南新宿ライン増発の影響を受けてしまい、平成20年(2008年)3月に、宇都宮始発の上り列車1本が廃止に。そして平成22年(2010年)12月3日をもって、残っていた1往復も廃止となってしまいました。

 そんな、個人的に大好きだった特急おはようとちぎ・ホームタウンとちぎですが、デジカメのデータがちゃんと残っている平成19年(2007年)以降の写真フォルダを見返していたら、乗った時の写真がいくつか出てきましたので、この機会にアップしようと思います。

平成20年(2008年)3月7日(金)

【新宿駅発車前】
新宿駅発車前

 この時は、東京出張の帰りに、ホームタウンとちぎに乗車。そういう時、この列車の中で『夕刊フジ特選おつまみ弁当』を肴にビールを飲むのが定番の楽しみ方だったのですが、この時は乗車前、蒙古タンメン中本新宿店で辛いラーメンをいただいていたのでそれはやらなかった模様。

平成21年(2009年)12月26日(土)

【新宿駅入線時】
新宿駅入線時
【新宿駅発車前(ドア開放前)】
新宿駅発車前(ドア開放前)

 この時は、秋葉原に自作パソコンのパーツ買い出しに行った帰りに、ホームタウンとちぎに乗車。余談ですが秋葉原では、個人的に大好きなダンディ坂野さんが、ロケをされていました。それと、ドア開放前の写真を見ると、土曜日なのに、仕事帰りのサラリーマンぽい方が乗車列に並んでいますが、この、仕事終わりというか出張帰りのゆるく解放的な雰囲気が漂う車内というのも、個人的には好きでした。

平成22年(2010年)6月13日(日)

【新宿駅入線時】
新宿駅入線時
【車内の様子(5号車)】
車内の様子(5号車)

 この時は、前日に私用で九州に行った帰りに、さらにこの日も横浜で私用が有り、それを済ませた帰り道に、ホームタウンとちぎに乗車。横浜からは宇都宮までは湘南新宿ライン1本で帰ってくることが出来たのですが、これに乗るため、わざわざ新宿で降りました。

平成22年(2010年)6月18日(金)

【某駅入線時】
某駅入線時
【車内の様子(3号車)】
車内の様子(3号車)
【新宿駅に到着後、回送列車に】
新宿駅に到着後、回送列車に

 結果的にこれが最後の乗車となってしまったこの時は、東京出張のため自宅最寄りの某駅から、おはようとちぎに乗車。東京出張の際は、那須塩原駅から新幹線に乗ることもあったのですが、時間に余裕がある時は、こちらを極力利用していました。



 そんなわけで、鉄道ファンを長くやっている(もっとも今じゃ、ほぼ一般ピープルですが…。)と、こういった思い入れのある列車の廃止はつきものなのですが、やっぱり、何度経験しても、気持ち的には良いもんじゃありませんねぇ。

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