たひお備忘録

惑い迷える40代の、食べ歩き、競馬の旅打ち、城巡りなんかの記録。
【タイトル題字:細身のシャイボーイ様】

海老ヶ島城 【平成29年5月6日】

城跡にある新善光寺の山門を望む

 前の記事で書いた下館城を後にして向かったのが、またもや茨城県筑西市の城跡である、海老ヶ島城です。


海老ヶ島城について

 海老ヶ島城は、茨城県筑西市にあった城。(平山城って複数の文献には書いてあるけど、現地に行った感じ、そんな地形じゃ無かったんですよね。昔は丘とかあったんでしょうか?もっとも、この分類も後になって出てきたものですし…。)

 その築城は、寛正2年(1461年)。鎌倉時代から続く下総結城氏の第13代当主である、結城成朝により築城されました。そして応仁元年(1467年)、成朝の子である海老原輝朝が初代城主となり、その後も海老原氏が城主となっていたそうですが、天文15年(1546年)、結城氏とちょいちょい争いを繰り広げていた小田氏配下の武将、宍戸通綱に攻められ落城。更にその後、今度は小田氏と佐竹氏との間の争いにしばしば名前が登場したりするのですが(しかもその際、一部でつとに有名な、小田氏治公のお名前が登場するのですが。)、最終的には佐竹氏に攻め獲られ、文禄4年(1595年)に配下の宍戸義長が城主となります。(で、この時、現在城跡に残る新善光寺も当地に移ってきた由。)ですが、関ヶ原の戦いの後の慶長7年(1602年)、佐竹氏が秋田に移封となった際(ですがこの時、宍戸義長は従わなかったそうなのですが。)、海老ヶ島城は廃城となったそうで。

実際に行ってみた

【新善光寺付近のGoogleマップ】

 そんな海老ヶ島城。話によると遺構もほとんど残っていないらしいのですが、前の記事で書いた下館城同様、相方がやって居る位置ゲーム「発見!ニッポン城めぐり」の関係でお伺いすることに。で、「新善光寺」とカーナビに入れ向かったものの、クルマを停めるところを探すうちに迷い、付近の細い道をあっちこっち走ることに。で、その時感じたのが、「このあたり、かつての城域じゃ?」という感覚。上手く言えないのですが、かつては沼沢地っぽかった地形の感じや、周囲とは川に区切られた形状がそれっぽいなぁ、と。

【土塁跡】
土塁跡
 そんな中、ネットで見たのと同じ土塁跡を発見。そこには御稲荷さんが祀られていました。

【新善光寺入り口の説明板 ※クリックで拡大】
新善光寺入り口の説明板
【堀跡?】
堀跡?
 そしてようやく新善光寺に戻り、駐車場を拝借。拝観かたがた、境内を見せていただくことに。で、それっぽい堀跡は見つかったものの、あまりウロウロして良い場所ではないので退散。とりあえず今回はここまでといたしました。

感想とか

 というわけで海老ヶ島城だったのですが、下館城以上に難易度が高かったですね。もっと資料を収集した後、腰を据えて付近を探索すれば、他の遺構も見つけられたかもしれませんが、何分現地はお寺や住宅地なので、勝手にウロウロするのもはばかられるという感じでした。

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