たひお備忘録

惑い迷える40代の、食べ歩き、競馬の旅打ち、城巡りなんかの記録。
【タイトル題字:細身のシャイボーイ様】

私的 台湾鉄路千公里 【平成30年7月31日~8月4日】 その1

「台湾鉄路千公里」と「ニュー台湾時刻表」

 まだまだ続く、台湾旅行がらみのネタですが、この記事からは、鉄道関連の記事を続けてあげていくことになるかと。
 というのも今回の旅行、一番の目的は、台湾の国有鉄道たる台湾鉄路管理局の旅客営業路線1057.6kmに乗ることだったからで。

 それで今回の記事ですが、いつもの鉄道ネタとはちょいとばかり趣向を変えた書き方をしています。あと、やたらと長いです。そのあたりをご承知おきいただければ。


1 7月31日(火)

1日目の乗車区間
※クリックで拡大(この絵に限らず当ブログの画像はクリックでだいたい拡大しますので。)

台北松山機場

 雲の上を飛行していたエバー航空189便は、機体を揺らしながらその雲を抜けると、台北市上空に出た。
 眼下には、これから乗ることになる、台湾鉄路管理局の線路が見える。
 とうとう来たなと私は思った。今から30年以上前、当時高校生だった私が、宮脇俊三氏の「台湾鉄路千公里」という著作を読んで以来、乗りたい、と思い続けた鉄道である。宮脇氏がその著作の中で台湾の鉄道のほぼ全線に乗ったのは1980年のことであり、それから40年近く経った今、台湾の鉄道、いや台湾自体が当時と大きく様変わりしていることは知っていたが、それでも尚、乗ってみたいと思わせる魅力的な鉄道がある。それに乗るために、私は来たのだ。

 14時00分、飛行機は定刻より30分遅れて台北松山(ソンシャン)機場(ジーチャン)に到着した。松山機場は台北市の中心部からも程近いところにある軍民共用の空港で、上空からの写真撮影は禁止されている。
 飛行機を降りた後は、「入境」の横に小さく日本語で「到着」、その他ハングル、英語が書かれた案内表示に従い入国審査へ。実は台湾に来るのは二度目で、前回は飛行機内で記入した入国カードを入国審査の際に提出したのだが、今回は事前にインターネットで手続きを済ませているためカードの記入や提出はなく、指紋のチェックと写真撮影のみで完了。
 その後、預けていたキャリーバッグを受け取り、関税を通過したところにある銀行の出張所で、持参の円を新台幣(シンタイビー)ことニュー台湾ドル(TWD)に両替。ちなみにその新台幣だが、紙幣および硬貨の表記は「圓(ユェン)」、店舗などの一般的な表記は圓と同じ発音となる「元」と少々ややこしい事になっているが、50000円が13300元となり、そこから手数料30元を引かれた13270元が手元に戻って来た。明細を見ると、レートは0.266000で、1元が約3.76円の計算となる。

【購入した悠遊卡】
購入した悠遊卡

 更に、その近くにある「旅遊服務」(リュヨウフーウー)、カタカナで「トラベラーズサービス」と書かれた窓口で、当地の交通系ICカードである悠遊卡(ヨウヨウカー)、英語名Easy Cardを100元で購入。その購入と加値(チャージ)は、窓口の親切な女性係員のお陰ですんなりとできたのだが、問題はその絵柄。取り扱っているの物にはどれも可愛らしいキャラクターが描かれており、初老を過ぎた男性が使うには、どれも少々気恥ずかしい物ばかりであった。

【台湾鉄道路線図】
台湾鉄道路線図

 今回の旅は4泊5日の日程で、台湾鉄路管理局、以下「台鉄」の定期旅客営業路線1057.6公里、日本で言うところのキロメートル(注1)全線に乗るのが一番の目的で、ついでに2007年に開業し現在は台北市の南港(ナンガン)と高雄(カオシュン)市の左営(ズォーイン)の間348.5公里(注2)を結ぶ台湾高速鉄路、以下「高鉄」にも乗るつもりなのだが、どの駅から、どの区間から旅を始めるのかについてはかなり悩ましいところである。
 できうることなら最初だけでも宮脇氏の足跡を辿りたく台北車站(チャーヂャン)、日本語で言うところの台北駅から日本の特急列車に相当する自強号(ツーチャンハオ)に乗って高雄まで行きたかったのだが、時刻表、これは台鉄ウェブサイトの使いづらいデータを分かり易い日本式に編集した同人誌である「ニュー台湾時刻表」の最新号のことなのだが、それを使って検討を重ねるうち、飛行機が予定どおり飛んだ場合、初日は台湾北部の2つのローカル線に乗ってしまうことが、後々の行程を考えると望ましいとの結論になった。
 ならばせめて旅の始まりは、宮脇氏が旅を始めた、そして台湾で初めて鉄道が走った台北車站からとしたかった。もっとも、宮脇氏が乗った時とは駅舎も違うし、初代台北車站とは位置も違うのだが。

(注1) 台鉄路線の営業キロについては、台鉄ウェブサイトの数値を参考にしました。
(注2) 高鉄路線の営業キロについては、ウィキペディアの数値を参考に、小数点第2位を四捨五入しました。

 松山空港から台北車站までは、台北捷運(タイペイジェユン)で移動する。ちなみに台北捷運とは、台北市内及び周辺の交通渋滞を解消するために作られた地下鉄と新交通システムを組み合わせた大量輸送機関。
 前回台湾に来た時も、市内観光がてら少々乗ったのだが、とても便利で、また外国人でも分かり易い駅の案内表示などに感心した覚えがある。

【松山機場駅の台北捷運文湖線乗り場】
松山機場駅の台北捷運文湖線乗り場

 まずは先程購入した悠遊卡を使って、松山機場の改札口を通過する。その改札口に付いている自動改札機だが、日本の場合、ゲートがあらかじめ開いており、通過の際何かトラブルが起きた場合のみ、通過できないよう扉が閉まる仕組みになっているが、当地では逆で、あらかじめ閉まっているゲートを、切符やカードを使って開けて通過する仕組みになっている。時間当たりの通過できる人数は少なそうだが、不正乗車にはこちらの方が強そうだ。
 それで台北までは2本の路線を乗り継いで行くのだが、最初に乗車するのは、文湖(ウェンフー)線の動物園行き。フランスのVALという方式の新交通システムで、小ぶりで可愛らしい2両1ユニットの車両が2つ繋がった4両編成で無人運転されている。
 狭い車内はわりあい混雑しており、車端部の椅子が無いスペースに立ったのだが、時折、ゴムタイヤを使った新交通システム特有の鋭い横揺れがあるので、キャリーバッグが動かぬよう足で押さえつつ耐えること少々。ちなみに同じ車両には、私の同じく松山空港から乗った日本人観光客もおり、この人達はこれからの予定を楽しそうに話し合っている。

 松山空港から3つめの忠孝復興(ヂョンシャオフーシン)で、今度は板南(バンナン)線に乗り換える。こちらは鉄の車輪を使った一般的な地下鉄となっているが、欧米の地下鉄を範としているからなのか、車両が日本のものよりも大ぶりで、また正面から見ると日本の地下鉄のような長方形ではなく半円形と言うべき形状となっている。
 列車は6両編成で、その車内は先程の文湖線の列車同様わりあい混雑していたが、幸運にもプラスチック製の椅子に座る事が出来た。もっとも、腰を落ち着ける間もなく、5分程で台北車站に到着した。

1192次区間車、瑞芳行き

 台北車站ではもっと余裕を持って、例えば、一度駅の外に出て駅の外観を眺めて「これから台鉄の旅を始めるぞ」などという感慨を得てから旅を始めたかったのだが、飛行機が遅れた所為もあって、台北捷運の改札口から台鉄の改札口まで、コンコースを足早に移動。飛行機が大幅に遅れた場合に備えて、今日乗る分を最終日にまわしても何とかなるような予定を立てていたのだが、ちょっと急げば乗れるとあっては頑張らざるを得ない。
 ただ、重いキャリーバッグは、予約してある駅至近のホテルなり駅のコインロッカーなりに預けたかったところ、時間的にも精神的にも余裕がなく、ゴロゴロと引きずったまま、悠遊卡を使って先程の台北捷運と同じ方式の改札口から入場。地下2階にある乗り場へと急いだ。

【台北駅に進入する瑞芳行1192次区間車】
台北駅に進入する瑞芳行1192次区間車

 私が台鉄で初めて乗車する列車は、当地では車次(チャーツー)と呼ばれる列車番号が1192次となる、15時11分発、縦貫(ゾングァン)線・宜蘭(イーラン)線経由の、瑞芳(ルイファン)行き区間車(チュジェンチャー)。区間車とは、日本で言うところの普通列車に相当する列車種別である。

 ここで少々脱線するが、台鉄の列車体系及び運賃体系について述べることとする。
 それらは、日本のものとは違い、列車はその速度や車内設備によって6つの種別に、運賃体系も列車種別によって4段階に分かれている。
 一番の違いは、日本の場合、発駅と着駅の間の乗車券に加え、乗車する列車種別によって指定席特急券や自由席特急券、特別車両の場合はグリーン券など複数の切符が別途必要となるが、台鉄の場合、列車種別ごとの運賃が列車種別ごとに定められており、また日本のように距離による運賃逓減がないこともあって、切符は基本的に1列車につき1枚となる。
 その運賃を、列車種別の速度順に速いほうから並べると以下のとおりとなる。

自強号(ツーチャンハオ)
日本の特急列車に相当。全車座席指定席。うち普悠瑪(プユマ)号及び太魯閣(タロコ)号は自願無座なし。
運賃は1km毎に2.27元。
莒光号(ジュグァンハオ)
日本の急行列車に相当。全車座席指定席。
運賃は1km毎に1.75元。
復興号(フーシンハオ)
日本の快速列車に相当。全車座席指定席。
運賃は1km毎に1.46元。
区間快車(チュジェンクァイチャー)
日本の快速列車に相当。全車自由席。
運賃は1km毎に1.46元。
区間車(チュジェンチャー)
日本の普通列車に相当。全車自由席。
運賃は1km毎に1.46元。
普快車(プークァイチャー)
日本の普通列車に相当。冷房なし。全車自由席。
運賃は1km毎に1.06元。

 加えて自強号、莒光号、復興号の「対号列車」(ドェイハオリィエチャー)、日本で言うところの全車座席指定列車には、日本での立席特急券にあたる「自願無座(ズーユェンウーズオ)」という制度も有り、座席を指定せず乗車でき、空いている席に着席が可能だが、当然のことながらその席を指定された乗客が現れた場合席を譲らなければならない。また自強号のうち「普悠瑪号」「太魯閣号」と愛称の付いた列車は自願無座では乗車できないため、当該列車の乗車券を持たずに乗車した場合、罰金の対象となる。
 今回のように悠遊卡を利用した場合、自強号は70kmまでの乗車であれば、莒光号、復興号、区間車は距離に関係なく区間車運賃の1割引で乗車が可能。ただし、自願無座扱いとなるので、「普悠瑪号」「太魯閣号」には乗車することができない。

 それで乗るべき瑞芳行1192次区間車は、改札口付近の案内表示によると、第4B月台(ユエタイ)からの発車となる。
 月台は、日本で言うところのプラットホームのことだが、これは台湾に鉄道が初めて走った(注3)120年以上前からの伝統的な名称で、かつての中国において月見をするための台のことや、宮殿の正殿正面に張り出した手すり付きの台を表す言葉だったものを転用したものらしい。また、プラットホームに接する線路が2本ある場合、例えばそれが第1月台だった場合は、片側が1A、もう片側が1Bという名称になる。

(注3) 日本語版及び中国語版ウィキペディアによると、台湾の鉄道は、清朝統治時代の1888年、台北-錫口(現在の松山)が開通し試運転開始。その後の1891年、基隆-台北が開業、1893年に台北-新竹が開業したとなっている。よって、台湾に列車が初めて走ったのが1888年、営業運転を開始したのが1891年という認識でこの記事を書きました。

 その第4B月台に定刻の15時06分、8両編成で入ってきた列車は、先頭部がスマートな流線型となっているが、区間車及び区間快車用の、EMU800型という型式の通勤型電車。2014年に営業運転を開始した、台鉄の通勤型電車では最新の形式である。扉は両開きのものが片側3箇所に付いており、その間に小さい窓が2つという配置。気温の高い台湾では、窓が小さく少ない方が冷房が良く効くからであろうか。そして車内は、中間車はセミクロスシートとなっているが、私が乗車した先頭車は窓に背を向けて座るロングシート、と言っても1人分づつクッションが分かれているものが4人分付いていた。
 やがて定刻の15時11分、日本でもかつては列車が発車する際に使われていた「ジリリリリリリリ」という懐かしい音色のベルが鳴り止むと発車。私のような鉄道に乗る事を趣味とする者にとって、初めて乗る路線や初めて乗る車両では、列車が発車する際などに、ゾクゾクするような、得も言われぬものを感じることが多いのだが、それを久しぶりに味わった気がする。

 列車は台北を発車後、まず縦貫線を北進する。この縦貫線というのは、基隆駅と高雄駅を結ぶ路線で、1891年、台湾で初めての鉄道が開業した台北と基隆の間も、現在は縦貫線の一部となっている。また縦貫線は、途中の竹南(ジューナン)と彰化(ジャンファ)の間で路線が2つに分かれる区間があるのだが、竹南から北側を北段(ペイドゥァン)、彰化から南側(ナンドゥァン)を南段と言う。
 それで現在列車が走る縦貫線(北段)は、台北市内で渋滞解消のために地下化されているため、台北駅を出てから暫くの間は、暗闇の中を走ることになる。
 車内は椅子が埋まり、ドア付近には立つ人も。客層を見ると、親子連れや、夏休み中の学生と思われる若い女性のグループなど、日本とあまり変わらない。服装も台湾随一の大都市台北とあって、日本とはセンスの違いはあるのだろうが、それでも垢抜けているように見える。しかしながら、私の隣に座った老人の男性のだけは、半ズボンにランニング、サンダル履きという出で立ちで、立派な杖というか長い木の棒を持っており、そのお陰で、中国映画に出てくる「老師」然とした雰囲気を醸し出しているのだが。
 南港(ナンガン)を発車した列車は地上に出て、次に停車した汐科(シーケ)でわりあい多くの乗客を降ろし空席もできた。その後も、駅ごとに乗客を降ろしていくのだが、台北を出てから20分少々にもかかわらず、窓から見える景色はかなりローカル色が強くなってくる。時折線路に沿うのは基隆(キールン)河で、それが作った谷間を進む感じだろうか。その谷間に台鉄以外にも、中山高速公路の立派な高架橋が真っ直ぐ北に向かっている。
 そんな中、私の隣に座っている「老師」だが、先程来持参のタブレットで、大音量を鳴らしながら何やら動画を見ている。更にはスマートフォンも持っていて、丁度掛かってきた電話にに応答するのだが、その声の大きいこと!

 その後列車は、縦貫線を走る優等列車のターミナルとなっている七堵(チードゥ)や、基隆へと向かう縦貫線と、蘇澳(スーアオ)へと向かう宜蘭線との分岐駅である八堵(パードゥ)に停車。宜蘭線に入ると更に景色が鄙びてきたと思ったら、2つばかり小さい駅に停まった後、定刻の15時59分、終着駅である瑞芳(ルイファン)に到着。地方の小都市と言うべき雰囲気であったが、有名な観光地である九份の玄関口にもなっているそうで、乗ってきた客のうち私以外の大部分は、改札口から駅の外へと出て行ったようであった。

【瑞芳駅の駅名標】
瑞芳駅の駅名標

深澳線・平渓線

 これから乗る事になる2つのローカル線だが、一つ目が、この瑞芳から分岐して八斗子(パードゥーズー)までの4.6kmを結ぶ深澳(シェンアオ)線。そしてもう一つが、瑞芳から2つほど蘇澳側に進んだところにある三貂嶺(サンディアォリン)から分岐して菁桐(チントン)までの12.9kmを結ぶ平渓(ピンシー)線である。

 まず深澳線であるが、これがなかなか波乱に富んだ経歴を持っている。
 元々は日本統治時代、鉱物輸送のために敷設された私鉄であり、それを戦後、政府が接収。更にその後の1961年、途中の深澳駅近くに深澳火力発電所が建設された事に伴い、その燃料の石炭を輸送するため、瑞芳と接続したうえで台鉄の所管となり、貨物線として営業を開始した。
 その6年後の1967年、沿線住民の要望によって、路線を濂洞まで延長のうえ旅客営業を開始するものの、モータリゼーションに伴い末端区間の旅客営業が停止され、1989年には全線の旅客営業が停止。更に2007年には、深澳火力発電所の改築に伴って石炭輸送も廃止され、全線廃線となってしまった。
 しかし2014年。沿線の八斗子付近に国立海洋技術博物館がオープンした事に伴い、深澳線も、瑞芳から4.2kmのところに海技館(ハイゲカン)駅を設置しアクセス路線として復活することになった。しかし復活して早々、駅周辺の住民から列車折り返し時の騒音などに苦情が寄せられたため、そこから0.5km先の八斗(パードゥー)駅跡で列車を折り返す事になり、更に2016年、八斗駅跡を整備し、八斗子駅として再開業されることとなった。

 それともう一方の平渓線であるが、元々は基隆河上流の菁桐にある炭鉱開発のために敷設された路線で、日本統治時代の1922年、炭鉱専用線として開業。1929年に台湾総督府に買収された際、路線名が現在の平渓線となった。
 その後炭鉱は、輸入炭との競争に負けて閉山し、平渓線も閑散としたローカル線となってしまったのだが、2000年代の初頭、ローカル線の観光路線化が進められたそうで、それが成功し、現在では平日でも観光客で賑わう路線となっているらしい。

【瑞芳駅第3月台】
瑞芳駅第3月台

 これら2つの路線をこれから順に乗っていくのだが、まずは深澳線から。両線の大部分の列車は直通運転されていて、この瑞芳から乗車する列車も、平渓線の菁桐が始発となっている。
 地下道を通って八斗子行き列車が発車する第3月台に移動後、ホームにあった自動販売機で20元のミネラルウォーターを購入。飛行機を降りてからここまで色々と余裕が無かったせいもあって喉が渇いたままだったのだが、冷えた水で生き返るような心地だ。水を飲みつつ頭上の案内表示を見たところ、乗車予定の16時10分発、4727次区間車は「晩(ワン)4分」、4分の遅延と表示されていた。もっとも、実際には若干の遅れ程度で入線してきたのだが。

【瑞芳駅に進入する八斗子行き4727次区間車】
瑞芳駅に進入する八斗子行き4727次区間車
【4727次区間車DR1000型の車内】
4727次区間車DR1000型の車内

 列車は3両編成の柴油車(チャイヨーチャー)、日本で言うところの気動車で、DR1000型という日本製の車両が使われている。今回台湾に来て以来乗ってきた、台北捷運の車両や先程の区間車は、どれも日本の鉄道車両には無い特徴的な外観をしていたが、これは派手な塗装を除けば見るからに日本製という顔つきである。
 車内はかなり混雑しており、ドアが開くと乗客が続々と降りてホームは人でいっぱいになった。一方、乗り込む乗客は僅かで、私が乗車した最後尾の車両は、私以外の乗客が2人しかいなかった。それにしてもこの車両、外観はそれほど面白くなく、車内もロングシートが味気ないのだが、車内の排気管と冷却水が通るスペース、日本で使われている車両だと壁に膨らみがあるだけの箇所が、中国の伝統的庭園などに見られる洞門の形となっているところが面白い。

 列車はほぼ定刻、ディーゼルエンジンを吹かしながら瑞芳を発車。構内を過ぎると右にカーブを切り縦貫線と分かれ、単線の深澳線に入っていくのだが、列車の速度がかなり遅めに感じる。もっとも、風景を良く観察するには好都合で、線路際に生えているいかにも南国という感じの植物や、丘陵に作られた当地の立派な墓などがよく見える。特に墓については、コンクリートの低い塀に囲まれた1区画が大きく、更にその中に、廟のミニチュアが建っていて、私は沖縄や九州南部の墓を思い出した。
 しかしながらこの車両、先程までの混雑した状態に合わせているのか、冷房が少々効きすぎてはいまいか。台湾の列車は冷房が効きすぎている場合があるので羽織るものを持って行った方が良いと聞いていたのだが、安物のジャケットを持ってきて正解であった。
 そんな中、列車はぐいと右に曲がると海技館に到着した。瑞芳からの距離は4.3kmだが、それを10分程かかったので、時速にすると26km/h弱である。
 僅かな停車時間で発車し、海が見えたと思ったら終点の八斗子に到着。ホームから道路を挟んで海が広がる風光明媚な駅だ。駅舎はなく、ホームの端に悠遊卡用の端末が設置されているのみ。その端末に悠遊卡を接触させたところ、運賃は50元だった。台北からここまで38.2km、日本のJRだと幹線でも580円のところ、台鉄は悠遊卡での1割引もあって約188円。台鉄の運賃は安いと、知識としてはあったのだが、体験するとより実感する。

【八斗子駅の駅名標と海】
八斗子駅の駅名標と海
【八斗子駅に停車中の菁桐行き4734次区間車】
八斗子駅に停車中の菁桐行き4734次区間車

 ハ斗子からは、16時42分発、4734次、菁桐行き区間車に。先程の列車の折り返しとなるが、到着から発車まで19分程あったので、ゆっくりと列車の写真を撮った後、ホーム端に設置された、今度は入場用の端末に悠遊卡を接触。この時、ちゃんと認識されたか不安になって、隣にある出場用の端末にタッチしたみたところ、入場料であろうか4元引かれたので、問題なく認識はなされていたようだが、何とも間抜けなことをしてしまった。
 その後改めて入場用の端末に悠遊卡を接触させ、今度は3両編成の中間車に乗り込む。すると発車を待つ間、後から乗ってきたご婦人が話しかけてきた。「ご旅行?」「はい」「どちらから?」「日本です」「そう」などという会話をたどたどしい英語で交わしたのだが、焦って上手く言葉が出てこなかった。その後も発車時刻が近づくにつれ乗客は増えたが、私が乗った車両には5,6人しか乗っていなかった。

 やがて発車時刻となり、列車は菁桐に向け出発。次の海技館を出て程なく、車掌が検札やってきた。私は悠遊卡を使って入場したので切符は持っていないのだが、車掌は私の悠遊卡を携えていた端末に接触させ、「謝謝」と。
 そうこうしているうちに列車は瑞芳の構内にさしかかり、先程乗車した第3月台に停車した。八斗子から乗ってきた乗客は見る限り全員下車し、少し多いくらいの乗客が乗り込んできた。

【三貂嶺駅に停車中】
三貂嶺駅に停車中
【車窓から見た基隆河の上流部】
車窓から見た基隆河の上流部

 列車は瑞芳を出ると、基隆河に沿いつつ三貂嶺まで宜蘭線の複線を進んだ後、基隆河と共に緩く右にカーブを切って宜蘭線と別れ、平渓線へと入っていく。これまでも基隆河が作った谷間を進んできたのだが、ここから終点の菁桐まで、基隆河に沿って川を遡るよう進んでいく。
 先程までよりもぐっと山肌が近くなった。渓谷は見事な眺めであり、景色が見づらいロングシートを恨めしく感じる。また短いトンネルをいくつか潜るが、トンネルの中には開業当時の素掘りのものも残っているらしい。
 車内は乗客の少なさもあって静かと思いきや、全員が上半身タンクトップ、下半身がショートパンツという、いかにも欧米からの旅行者といった出で立ちのグループがいて、うるさい程ではないものの時折大きめになる声で談笑している。またその中には、流暢な英語で仲間と話しているため最初は気が付かなかったのだが、洗練された顔立ちのアジア系美女もいて、ついつい視線がいってしまう。ただ、当地の人とも、日本人とも、中国や韓国の方とも、アジア系欧米人とも雰囲気が違うように見えるのだが、一体どこから来たのだろうか。

【車窓から見た十分老街】
車窓から見た十分老街

 三貂嶺から15分程で、今や有名な観光地となった十分(シーフェン)の最寄り駅、十分に到着するのだが、その手前が十分観光の目玉の一つてである、十分老街(シーフェンラオジェ)。商店街を鉄道が通り抜けているような場所で、列車はかなり速度を落として通過するが、車窓から見える店や観光客がとても近く感じる。そして列車が駅に停車すると、ホームにいた観光客が列車をバックに記念撮影を始めた。観光をしている人達は、中高年も居ることは居るが、多くは若者のグループやカップルのように見える。
 その十分で15分程停車する間に、これまで乗ってきた乗客はほとんどが降り、代わりにそれより多い乗客が乗り込んできた。これまでは車内が空いているのを良いことに、景色を見るため左右の座席を移動していたのだが、ここからは大人しく一箇所に座っている他なさそうだ。それにしても、十分で乗ってきた乗客の中にはカップルも何組かいたのだが、私と通路を挟んで向かい側に座った男女とも派手目のカップルが、乗り込んできて早々にイチャイチャとし出したら、離れたところに座っていた地味目のカップルも、同じようにイチャイチャし出した。日本でもたまに見る光景であるが、皆観光地に来て気分が浮かれているのか、それとも、当地の人は積極的なのか。

 十分から2つめの嶺脚(リンジャオ)では、ドアが開くと蝉の大合唱が飛び込んでくる。夕暮れ時なので、日本だとヒグラシが鳴くのだろうが、ここでは聞いたことがない声色の蝉が鳴いている。
 その次が、路線名にもなっている平渓。昔は炭鉱の街だったのだが、今やすっかり観光地で、元宵節、旧暦の正月を過ぎて初めての満月の日に行われる平渓天燈祭(ピンシーテンダンサイ)が有名とのこと。もっとも、天燈と呼ばれるランタ飛ばしは、今や平渓付近の有力な観光資源となっていて、通年で行われているようだが。
 そこで乗客の半分以上を降ろす。向かい側に座っていたカップルも降りていった。その次が終点の菁桐。到着は定刻の18時00分で、十分での長時間停車もあったが、八斗子から24.7kmを、1時間18分かかったことになる。悠遊卡で支払った運賃は、36元であった。

【菁桐駅の駅名標】
菁桐駅の駅名標
【菁桐駅の駅舎】
菁桐駅の駅舎
【菁桐駅前の通り】
菁桐駅前の通り
【菁桐駅に停車中の瑞芳行き4735次区間車】
菁桐駅に停車中の瑞芳行き4735次区間車

 菁桐は、元々炭鉱のために出来た駅とあって、構内に石炭積み込み用のホッパー施設が残っていた。もっともその上部には建物が増築されていて、「観景台珈琲」との看板を掲げていたが。
 改札口を出ると、駅前広場的なものはなく、駅に面した通りに観光客向けの商店が並んでいる。夕方とあってかあまり人通りはなく、その代わりに繋がれていない犬がいたので、吠えかかられぬうちに駅周辺の写真を撮って早々に退散。
 その後、乗ってきた列車の折り返しとなる18時15分発、4735次、瑞芳行き区間車に乗車。先程来続けて乗っているこのDR1000型気動車であるが、運転席横のスペースにもロングシートが有り、そこに座れば首がやや疲れるが前方を眺められる特等席と言うべき場所となっている。今回は幸運にも、その特等席に座ることが出来た。
 発車時刻が近づくと、運転手がタブレットを下げて乗ってきた。列車を運行するにあたって、安全のため、一定の区間を区切ってその区間には1つの列車しか入れないようにしているのだが、タブレットというのはその区間に入る通行手形のようなもので、確かJRでは自動化され無くなってしまったのだが、台鉄ではまだ健在というのが嬉しい。

【菁桐駅を発車】
菁桐駅を発車
【平渓駅進入】
平渓駅進入
【嶺脚駅進入】
嶺脚駅進入
【嶺脚-望古間】
嶺脚-望古間
【十分駅手前の腕木式信号機】
十分駅手前の腕木式信号機

 やがて定刻となり、発車。夕暮れが迫る中、特等席からの眺めを堪能するのだが、駅手前に懐かしい腕木式信号機があった十分までは、山あいだが道路も所々併走し、わりと開けたところを走る印象である。また車内は行楽帰りといった人達が乗っているがさほど混んではおらず、平渓で乗客をちょっと増やした以外は、ホームに乗客の姿は見かけない。

【十分駅進入】
十分駅進入
【十分老街】
十分老街
【十分-大華間】
十分-大華間
【三貂嶺駅手前で宜蘭線に合流するあたり】
三貂嶺駅手前で宜蘭線に合流するあたり

 しかし、十分で様相が一変した。ホームはこの列車に乗ろうという人達で溢れ、タブレット交換と列車行き違いを済ませて発車する頃には、立っている人が大勢出るかなりの混雑となった。
 そんな中出発した列車は、夕暮れ時で良い雰囲気の十分老街を抜けると、これまでよりも山がぐっと近くなり、素掘りとわかるトンネルをいくつか潜る。しかしこの辺りで相当暗くなり、三貂嶺手前で宜蘭線と合流する頃にはすれ違う列車のヘッドライトが眩しく、瑞芳に到着した頃には、すっかりと日が暮れていた。

【瑞芳駅に進入する桃園行き4209次区間車】
瑞芳駅に進入する桃園行き4209次区間車

 瑞芳からは、8分の待ち時間で19時10分発の、4209次、宜蘭線・縦貫線経由、桃園行き区間車に乗り換え。先程の列車の乗客も多数乗り換えるようで、更には九份観光帰りであろう人達も改札口から入ってくるので、ホーム上はちょっとした混雑となった。それにしても、午後7時を過ぎているというのに気温が高く、冷房の効いた車内から出されると途端に汗が噴き出る。なので早く列車に乗って涼みたいのだが、乗る予定の4209次はなかなか現れず、結局約10分遅れで到着した。

 その列車は、EMU700型という通勤型電車8両編成。台鉄で初めて乗ったEMU800型の一つ前の世代で2007年に営業運転を開始。EMU800型同様扉は両開きのものが片側3箇所に付いており、その間に小さい窓が2つという配置も共通。先頭車に乗り込んだところ、車内はセミクロスシートになっているのだが、配置が面白く、ドア付近がロングシートで、その間に、日本の車両だと向かい合わせのクロスシートがあるところ、こちらはクロスシートが背中合わせの配置となってたいる。ただ、乗ってから気が付いたのだが、窓に「晨(夜)間女性優先車廂 Morning/Night Time Priority for Female Passengers」と書かれたピンクの紙が貼って有るではないか。確か台湾の女性専用車両は、2006年に登場したものの逆差別との批判があり早々に廃止となっていた筈だが、「専用」ではなく「優先」という形で残っているらしい。もっとも「優先」とあって、男性の乗客も相当数乗っていたが。
 だがそのまま乗っているのもどうかと思われたので隣の車両を移動したら、明らかに先頭車両よりも混雑している。また冷房も効きすぎという状態で、汗が冷えて不快な中、暫くは立って過ごすことになったが、途中、幸運にも近くの席が空き座ることが出来た。
 夜なので景色を見ることも出来ず、ただ座っているだけという状態で、台北には、定刻の約5分遅れの20時10分頃到着。菁桐からの運賃は、70元であった。

【夜の台北駅】
夜の台北駅

 台北に到着後は、まずホテルへ。今回の旅では台北駅を何度となく利用するため、地図を見て駅至近だった宿を予約していたが、Z2という出口から地上に出ると、そのホテルは目の前に聳え立っていた。また振り返ると忠孝西路という大きな道路を挟んだところに台北駅の駅舎が見え、若干怪しい色でライトアップされていた。

【夕食にいただいた麺線】
夕食にいただいた麺線
【夕食にいただいた臭豆腐】
夕食にいただいた臭豆腐
【夕食にいただいた肉まんとビール】
夕食にいただいた肉まんとビール

 ホテルのフロントは片言ながら日本語が通じ、スムースにチェックインすることができた。冷房が効いた部屋に荷物を置き、あらかじめ調べておいた近くの店で夕食
 昼前に機内食を食べて以来、水以外は口にしていなかったので大変空腹だったのだが、その所為もあったのか、初めて食べた麺線(ミェンシェン)と臭豆腐(チョウドウフー)は、どちらも旨かった。特に臭豆腐は、前回台湾に来た時、食べようと思いつつその匂いで断念したのだが、今回の店はそのようなこともなく食が進んだ。
 その後、まだ食べ足りない気がしたので、隣の店で売っていた肉まんを買ってホテルに戻り、シャワーを浴びてから、1階のファミリーマートで買ったビールと共に。
 明日は出発が早いので、食べたら早々に眠りたかったのだが、神経が昂ぶって、なかなか寝付けなかった。

(つづく)

※この日の行程など

行程

氏  家
 05:21
  |JR 上野東京ライン
  |1529E
  |普通
 07:50
品  川
 08:12
  |京急 本線~空港線
  |628N
  |エアポート急行
 08:35
羽田空港国際線ターミナル
 10:50
  |エバー航空
  |BR189便
  |
 13:30 ※実際には14:00頃
台北松山機場/松山機場
 14:35頃
  |台北捷運
  |文湖線 動物園方面
  |
 14:42頃
忠孝復興
 14:50頃
  |台北捷運
  |板南線 頂埔方面
  |
 14:55頃
台北車站/台北
 15:11
  |台鉄 縦貫線北段・宜蘭線
  |1192次
  |区間車
 15:59
瑞  芳
 16:10
  |台鉄 深墺線
  |4723次
  |区間車
 16:23
八 斗 子
 16:42
  |台鉄 深墺線・宜蘭線・平渓線
  |4734次
  |区間車
 18:00
菁  桐
 18:15
  |台鉄 平渓線・宜蘭線
  |4735次
  |区間車
 19:02
瑞  芳
 19:10
  |台鉄 宜蘭線・縦貫線
  |4209次
  |区間車
 20:05
台  北(泊)

運賃等

悠遊卡 100元
台北捷運 松山機場-台北車站(悠遊卡) 20元
台鉄 台北-八斗子(区間車・悠遊卡) 50元
台鉄 八斗子-菁桐(区間・悠遊卡) 36元
台鉄 菁霧-台北(区間車・悠遊卡) 70元
(計 276元)

おまけ

【瑞芳駅に到着した1192次区間車】
瑞芳駅に到着した1192次区間車

【瑞芳駅に到着した4735次区間車】
瑞芳駅に到着した4735次区間車

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