趣味の活動記録。
【タイトル題字:細身のシャイボーイ様】
京浜東北線。埼玉県さいたま市の大宮駅と神奈川県横浜市の横浜駅の間59.1kmを結ぶJR東日本の「運転系統名」。その京浜東北線と一体的に運行されているのが、横浜駅と神奈川県鎌倉市の大船駅の間22.1kmを結ぶ路線である根岸線。これらを直通する大宮発大船行きの普通列車に、横浜での所用ついでに乗ってみることにしました。
冒頭で、京浜東北線のことをわざわざ括弧書きで「運転系統名」と書いたのは、京浜東北線という名称は鉄道の「路線」を表す名前ではないからなんですよね。このあたり大変マニアックな話になるのですが、JRの鉄道路線には、前身の日本国有鉄道(国鉄)時代から引き継がれた路線名というものがあり、例えば、東京駅(東京都千代田区)と神戸駅(兵庫県神戸市)を結ぶ路線は「東海道本線」、その途中の熱海駅(静岡県熱海市)から別れて伊東駅(静岡県伊東市)とを結ぶ路線は「伊東線」などというように、各々名称が定められています。
しかし京浜東北線は、大宮-大船間にそれ専用の複線の線路を持ちながら、路線名としては大宮-東京間が東北本線、東京-横浜間が東海道本線という、いわば間借り人のような立場。もっとも、似たような例は他にもあって、例えば埼京線は大宮-赤羽間が東北本線(の支線)、赤羽-池袋間が赤羽線、池袋-大崎間が山手線に跨がり、「♪まぁるい緑の」山手線も、路線名としては品川-田端間のみで、田端-東京は東北本線、東京-品川間は東海道本線を走るという扱いになっています。(余談ですが、「湘南新宿ライン」や「上野東京ライン」は複数の路線にまたがる運転系統を一本の路線として案内することで利用者にわかりやすくするためにつけられる「愛称」ということで、京浜東北線のような運転系統名とは微妙に意味合いが違うのかもしれません。)
と、何でこんなことを書いたかといえば、かつてJR路線全線完乗を目指して東奔西走していた頃、京浜東北線の扱いに悩んだからなんですよね。前述のとおり路線名ではないので、全く乗らずともJR路線全線乗車の記録上は影響ないと思われるのですが、だからと言って独立した線路を持ち名前に「線」が付いているものをスルーするのは心情的にスッキリしないというか。で、何時かは乗ろうと思っていはいたものの、外の景色が見づらい通勤型の車両に2時間以上揺られることが気持ちを重くして、結局、首都圏での所用ついでに一部区間だけの乗車に留まっていたという。
一方根岸線は、「運転系統名」などという扱いに困るものではなく、れっきとした路線名。その歴史は大変古く、横浜-桜木町間は、明治5年5月7日(西暦だと1872年6月12日)、品川-横浜間に日本で初めて鉄道が営業運転された区間の一部(現在の桜木町駅が当時の横浜駅)となっています。(新橋-横浜間の正式開業は同年9月12日~西暦だと同年10月14日~ですが、それより前に仮営業していたようなんですよね。)その後、徐々に大船方面に延伸していったのですが、当時は東海道本線の支線という扱いで、根岸線という名称が正式に付いたのが昭和39年(1964年)、そして横浜-大船間が全通したのは昭和48年(1973)年のこと。ちなみにこちらは以前乗ったことがあり、車窓から見える横浜の丘がちで変化に富んだ地形を覚えています。
(平成31年)3月はじめの日曜日、横浜市内で午後からの所用ができたのですが、「せっかくなのでそのついでに何か」と考えた時、頭に浮かんだのが京浜東北線と根岸線。前述の心境からようやく乗る気になったというか。なので、この気持ちが消えないうちに乗り継ぎを調べると、大宮9時5分発もしくは9時15分の大船行き南行各駅停車に乗れば、乗り終わったあと昼食をいただく時間を取りつつ所用にも間に合うことがわかりました。
大宮駅まで
【自宅最寄り駅に入線する上野行き普通列車】
【大宮駅の駅そばの店舗】
【いただいた春菊天そば380円+たまご70円】
そんなわけで3月3日の日曜日、黒磯始発のJR宇都宮線上り上野行き普通列車に乗り、8時43分大宮駅に到着。京浜東北線のホームに移動して、とりあえずはホームの立ち食いそば店で朝食を。実はこちらのお店、JR東日本エリアでは貴重な非NREの駅そばということで、一度いただいてみたかったんですよね。で、詳しくは別の記事に書きましたが、甘さ控えめで味が濃い目のツユやプリっとした食感のゆで麺などに満足してから時計を見るとまだ9時前ということで、9時5分発の列車に乗ることに決定しました。ちなみにこの列車、列車番号が905Bと、大宮駅の発車時刻と同じなのですが、あくまで偶然そうなったようで、次の大船行き9時15分発の列車番号は、943Bとなっています。
【大宮駅に停車中の京浜東北線南行根岸線直通大船行き各駅停車】
程なくして、折返し9時5分発京浜東北線南行根岸線直通大船行きとなる列車が2番線ホームに入線。前面の行き先表示が大船行きとなるのを待って写真を撮ってから乗り込むと、運転席直後の特等席、乗務員用扉のところには、既に少年がカメラ片手に、「ここから前を見てやるぞ」という感じで立っていました。もっとも、京浜東北線に使われているE233系電車は運転席が高い位置にあるため、子供の身長だとだいぶ見づらい様子ですが。で、私はといえばその隣に陣取ることに。初老をとっくに過ぎたオッサンが子供と並んで前を眺めるのは少々気恥ずかしいものがあるのですが、傍から見れば年の離れた親子に見えなくもないかなぁ、と。
やがて定刻の9時5分となり、列車は大宮駅を発車。これから46駅、1時間59分の旅が始まりました。しかし天気は生憎で、フロントガラスには弱いながらも雨が打ち付け、その雫をワイパーが拭っています。それでまず大宮駅の構内を出ると、三複線区間の一番東端の線路を走行。ちなみに三複線というのは複線の線路が3セット並んだ配線で、この区間、西から順に東北貨物線(通称)、東北本線、京浜東北線の3つの複線が路線別に並んでいます。で、東北貨物線は名前のとおり貨物列車の他、湘南新宿ラインや東武鉄道直通特急、成田エクスプレスなどが使用。東北本線は、上野東京ラインを含む宇都宮線(東北線)、高崎線の列車が使用しており、これらは中・長距離列車が走るため「列車線」とも呼ばれている一方、我が京浜東北線が走る路線は、短距離の各駅停車及び快速列車が走るため「電車線」とも呼ばれています。更に、路線ごとに設置されている駅も違い、次のさいたま新都心駅に湘南新宿ラインの列車が停車しないのは、そのため(さいたま新都心駅の東北貨物線上にはホームがない)だったりします。
そのさいたま新都心駅を発車すると、すぐに非常ブレーキがかかり列車は緊急停止。(この時、自動でアナウンスが流れるんですね。)もっとも、さほど深刻な事態ではなかったらしく、その場に3分ほど停車しただけで運転を再開しましたが。その後、与野駅、北浦和駅、浦和駅、一部列車の終着・始発駅にして個人的に浦和競馬場に行くため何度か利用した南浦和駅、西川口駅と乗客をまめに拾いながら進んできたのですが、川口駅でも乗車する客の方が多く、先頭車といえども車内は混雑してきました。
川口駅からは、運転席に列車巡視の保線作業員の方が添乗。早速食い入るように前方を監視しだしたのですが、そのポジション的に私の隣に立っていた少年は更に前が見づらくなってしまった様子。もっとも、その前から前を見続けることに少々飽きていたようで、じっとしていられなくなっていましたが。そんな中、列車は荒川の鉄橋を渡って東京都へ入り、赤羽駅に到着。ここも、一部列車の一部列車の終着・始発駅となっています。
【下十条運転区を横目に見つつ】
【東北本線、東北貨物線を跨ぐ】
【右手から山手線が合流】
【東北新幹線とすれ違う】
赤羽駅の次が、かつて電車区や運転区があった(現在は留置線として使用)東十条駅。そしてその次の王子駅を出ると、三複線の一番東側というか、このあたりでは北東側を走っていた我が京浜東北線は高度を上げて南西へと下り、東北本線、東北貨物線の線路を跨ぎます。それとほぼ同時に東北本線は北に進路を取り尾久駅へと向かうので、大宮から続いた三複線区間は終了。そして田端駅手前で、今度は東北貨物線から山手貨物線(通称)となった線路を跨ぎ、続いて山手線が右手から合流。京浜東北線が山手線を挟むような配線となって、ここから品川駅手前までの区間、山手線との方向別複々線になります。それにしても、この田端駅付近の配線の複雑さはちょっとしたものだと思うのですが、こうやって前を見つつ意識して乗らないと、その複雑さが実感できないところが逆に凄いなぁ、と。更にこの区間、先程まで高架を走っていた東北・上越新幹線の線路が地上に降りて地下に潜るまで、この方向別複々線の左手をちょっとだけ並走する一方、その向こうには(こちらからは直接見えませんが)尾久駅を経由してきた東北本線が再び合流。それでこの区間の東北本線は、尾久車両センターからの車両出入りのため複々線になっています。それで我が京浜東北線は、西日暮里駅を発車するとすぐに日暮里駅に停車。この間500mと、京浜東北線では駅間距離が一番短い区間となっているんですよね。
【並ぶ10本(レールの本数で言えば20本)の在来線】
【上野駅4番線ホームに入線】
【上野駅からはちょっとだけ上野東京ラインとの三複線に】
【東北新幹線が隣に通る神田駅】
【降りてくる上野東京ラインと中央線ホームへ登っていく中央線快速】
【東京駅6番線ホームに入線】
日暮里駅からは左手に常磐線が合流。京浜東北線・山手線の方向別複々線に、東北本線の複々線、更に常磐線の複線が加わって、上野駅までの区間、10本(レールの本数で言えば20本)もの在来線が並ぶ様は壮観です。そんな中、京浜東北線の列車は鶯谷駅に停車したあと、上野駅に到着。普段、東北本線(宇都宮線)の列車に乗っているとかつての記憶からか終着駅感があるのですが、京浜東北線ではそれがありませんね。その上野駅を出ると、左手に上野東京ラインと併走しつつ、京浜東北線・山手線は御徒町駅、秋葉原駅と停車。川口駅から乗ってきた、列車巡視の保線作業員がここで下車していきました。そして秋葉原駅を出ると上野東京ラインは高度を上げ、その真下を東北新幹線が通るという構造になって神田駅に停車。また神田駅の手前からは右手に中央線が合流します。で、神田駅を出ると東北新幹線が逸れて代わりに上野東京ラインが上から降りてきて、それと同じ頃、中央線は高い位置のホームへ向かうべく高度を上げていき東京駅に到着。この、日暮里駅付近からこのあたりまで、幾種類もの列車が右に左に上に下にと入れ替わり立ち替わり現れるため、かなりめまぐるしく感じますね。ちなみに、この記事の最初の方に書いたとおり、この東京駅まで正式な路線名は東北本線となり、東京駅から先は東海道本線となります。
【山手線外回り列車と併走】
【有楽町駅にて新幹線と】
【田町駅では185系踊り子号と】
【東京総合車両センター田町センターと建設中の高輪ゲートウェイ駅】
【諸々工事中の品川駅に進入】
【東海道本線との複々線区間と踏切】
【多摩川を渡る】
東京駅を出た列車は、暫くの間山手線の外回り列車と併走。この山手線との方向別複々線ではままある光景とはいえ、デッドヒートしているようで楽しいですね。そんな中、有楽町駅、新橋駅に停車。ここで大宮駅から私の横に立っていた少年が、母親に連れられて下車していきました。更にに浜松町駅、田町駅と停車しますが、東京駅からこのあたりの区間、左手に東海道新幹線が結構な頻度で走っていきます。加えて左手に併ぶ東海道本線も列車密度が高く、かつ色々な車両を見ることが出来て楽しいですね。やがて東京総合車両センター田町センター付近に現在建設中の高輪ゲートウェイ駅手前で山手線との方向別複々線は終わり、それがらみか諸々工事が行われている品川駅に停車。その品川駅を出ると、山手線とも別れ東海道線との複々線区間に。日暮里駅付近からこっち色々な路線が多数並走していたので、複々線ですらちょっと寂しく感じてしまうのですが。そんな中、大井町駅、大森駅と停車して、その次が一部列車の終着・始発駅となってる蒲田駅。かつては電車区、現在は乗務員基地である太田運輸区が置かれており、運転手が交代しました。蒲田駅を出ると右手に元の電車区(現在は留置線として使用)を見つつ進み、その電車区が終わるあたりから踏切がいくつか出現。都会では立体交差化などで消えゆく踏切ですが、天下の大動脈に残っていることを意外に感じます。そして列車は、多摩川を渡って神奈川県へと入りました。
【横須賀線・湘南新宿ラインと合流】
【鶴見駅発車直後】
【東海道本線を跨ぐ】
【三複線区間の一番南寄りに】
【横浜線と合流して東神奈川駅に】
【横浜駅3番線ホームに入線】
神奈川県に入って最初の駅が川崎駅。発車すると先程までの比較的平穏だった複々線区間と様相が変わり、まず南武線が右に別れ、すぐさま南武線浜川崎支線と交差、更に浜川崎駅方面から東海道貨物線?と合流します。そして鶴見川を渡ると左手から横須賀線・湘南新宿ラインが合流して鶴見駅に到着。ここも一部列車の終着・始発駅になっています。そこを発車すると今度は京浜急行電鉄本線が左手に並走し、そして鶴見線が跨いでてきます。その後しばらくして、我が京浜東北線は東海道本線を跨いで三複線区間の一番南寄りに。新子安駅を発車すると、今度は上下線の間に横浜線が入ってきて東神奈川駅に。ここには鎌倉車両センター東神奈川出張所があり、京浜東北線と横浜線の車輌が留置されています。そこからは横浜線の列車と同じ線路を走るようになり、横浜駅へと到着しました。
横浜駅で京浜東北線は終わり、本来の目的は達成したのですが、ついでに根岸線にも久しぶりに乗ってしまおうと。その横浜駅ですが、降車客より乗車客が多く、久しぶりに車内は混雑。横浜駅を発車すると左にカーブを切り、根岸線へと。ちなみに線路は終点の大船駅までは複線区間となります。次の、一部列車の終着・始発駅ともなっている桜木町駅までの区間は左手に首都高速1号横羽線が並走。その桜木町駅で横浜駅からの乗客がわりと降りますが乗ってくる客も多く、次の横浜スタジアム真横にある関内駅では、降りる客の方が多い様子。ここまで、横浜市中心部のみの短区間の移動でも根岸線がよく利用されているような印象です。(今日は雨が降っている所為もあるんですかね。)そして次の石川町駅では、運転席直後の窓に幕が下ろされたので、先程まで少年が立っていたスペースに移動。ここならカーテンがなく前を見ることができるのですが、ここから先は、横浜市外縁部の丘がちな地形を走るため、トンネルが多くなるんですよね。
【石川町駅を出て最初のトンネルに突入】
【トンネルを出て根岸線で一番海に近い区間に】
【根岸駅進入と貨物列車】
【鎌倉車両センター磯子出張所横を通過】
というわけで石川町駅を発車した列車はすぐに短いトンネルに突入。続いてもう1つ短いトンネルを抜けると山手駅に到着。そして山手駅を発車するとまたトンネルに入り、それを出るとJX鉱油日石エネルギー根岸製油所専用線が左手より合流し、根岸駅に到着。多数ある側線には、石油製品のタンク車を連ねた貨物列車が停まっていました。それでここから先、車窓は工業地帯の趣となるのですが、同時に根岸線で一番海に近いところを走ります。もっとも、先頭の窓からは、気配は漂いつつも海らしいものは見えないのですが。そして次の磯子駅手前には、鎌倉車両センター磯子出張所があり、現在は留置線として使用。そのため磯子駅は、一部列車の終着・始発駅となっています。
【新杉田駅を出ると再びトンネルの多い区間に】
【切り通し区間を進む】
【半分がトンネル半分が切り通しの中にある港南台駅】
【東海道本線と合流】
【大船駅手前の停止信号】
【大船駅9番線ホームに入線】
次の新杉田駅で海沿いから離れ、再び丘がちな地形に突入。途中の洋光台駅を挟んで、トンネルや高架、切通しと高低差を実感する中を走って、半分がトンネル、半分が切り通しの中にある港南台駅に。更に長いトンネルと短いトンネルを抜けた先にあるのが本郷台駅で、ここには次の大船駅始発の列車を留置しておく側線がいくつかあります。その本郷台駅を出て短いトンネルを抜たあと、左にカーブを切りつつ進むと、右手から東海道本線、横須賀線・湘南新宿ラインと再会。先程別れたばかりなのに、なんだか妙に懐かしく感じますね。そして大船駅の構内に差し掛かったところで停止信号のため一旦停車したあと、大船駅の10番線ホームに入線。先程停車した影響か、せっかく根岸線内に入ってから定時まで回復していたのに、1分ほど遅れて11時5分に到着。その為、大宮からここまで丁度2時間の旅となったのですが、思った以上に退屈しなかったというか、特等席で前を眺めていたお陰で、輻輳する配線や、そこを走る他の列車も沢山見ることが出来たので、とても面白かったです。もっとも、もう一度この区間を2時間立ちっぱなしで前を眺めるかと訊かれれば、暫くは遠慮すると思いますが。
【大船駅改札口付近】
【大船軒本郷台そば店】
【いただいたかき揚げ天玉そば460円】
大船駅では一度改札を出た後、NewDaysでビニール傘を購入。11時12分発の大宮行きの列車で折り返して1駅戻った本郷台駅で下車し、今も残る数少なくなった「大船軒」の立ち食い蕎麦店で早めの昼食を。で、詳しくは別の記事に書きましたが、適度に甘味が効いた優しめの口当たりてだけど塩気もしっかりあるツユにプリっとした茹で麺、そしてツユとの馴染みが良いかき揚げが良かったですね。そして11時26分発の大宮行き列車で三度根岸線に乗り、向かい側に座っていた口を隠さないで欠伸をしたり隣の男にベタベタと甘えるちょっとはしたない女性越しに根岸駅付近の海というか港を眺めつつ、今回の元々の目的地である関内駅へ。
【関内駅】
【横浜駅に入線する湘南新宿ライン宇都宮行き快速列車】
その元々の目的である所要を終え、15時23分発の大宮行きで四度根岸線に。横浜駅で15時32分発の湘南新宿ライン宇都宮行き快速に乗り換えて、栃木へと。そういえば、今朝、大宮駅から乗った京浜東北線では三複線区間の一番東側を通ったのですが、湘南新宿ラインのこの列車は、東北貨物線(通称)経由なので、三複線区間の一番西の線路を通るんですね。
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